咀嚼機能がQOL の向上へ関与しているというデータもあり、「よくかめること」は、日常活動、全身的な健康、心の健康に重要なため、歯単体の話ではなく、咀嚼する「機能」を維持することが重要視されはじめています。
2006年の介護保険法の改正に伴い、介護予防のための新規サービスとして『口腔機能の向上』が加えられ、厚生労働省では口腔機能の向上のためのマニュアルも提案され、その重要性がクローズアップされるようになりました。
残っている歯が、20本を下回っていると咀嚼機能が著しく低下し、適切な栄養摂取の障害になりうると疫学調査の報告でも示されています。
1本の奥歯の噛む力は、人の体重ぐらいの力で、それが長い間続くと、肩こり・腰痛だけでなく、神経性の病気や内分泌異常などの不定愁訴の原因にもなります。
現在の日本は、歯がない、あるいはうまく噛めない老人が増加し、摂食できない、口腔が乾燥しうまく飲み込めない(嚥下障害)などが問題になっています。このように、少子高齢化と介護が世界一長寿国日本が直面している課題です。
よく噛むと顎の筋肉を介して刺激が脳や耳に伝わり、記憶や視力に影響しその老化を遅らせます。また、ゆっくり噛むことで満腹中枢が刺激され食事量が減少し、体脂肪が分解され、ダイエットやメタボリックシンドロームの予防になり、唾液の分泌の促進が活性酸素を抑制し、アンチエイジングや美容効果、がんの予防にもなります。
単に健康な歯をめざすのではなく、口腔機能を維持させるために健康な口腔、そして全身的にも精神的にも良好な真の「健康」を目指し、健康寿命を大きく延ばしていきたいものです。
介護が必要となる主な原因は、何でしょうか。
平成22年国民生活基礎調査による、介護が必要となる原因トップ5のグラフです。
このように主な原因を見てみると、要介護状態は、日常の行動を改善することである程度予防できる可能性があります。
今後、日本でますます課題になると思われるのは寝たきりになる原因第2位の認知症です。この認知症についても、歯との関係についていろいろな報告があります。健康な歯が多いこと、むし歯になっても治療していること、もしくは歯が残っていることは、認知症になりにくいと分かってきたのです。
また高齢の方にとって肺炎は深刻な疾患です。日本人全体の死因に占める肺炎の割合は約10%ですが、そのうち96%までが65歳以上の高齢者です。高齢になると飲み込む機能が低下するため誤嚥性肺炎が原因で亡くなる人が多いからです。
歯の健康とともに口腔の機能を維持すると、誤嚥性肺炎をおこしにくくすると言われています。これは健康寿命を延ばすことにつながるのです。
認知症の予防と治療は、脳に刺激を与え続ける事が大事です。
例えば、楽器の演奏やパソコン等、細かな作業をすることによって、脳を刺激する事は良く聞くと思います。しかし意外と知られていないのが、脳に一番刺激を与えているのは指よりも脳に近い「歯」である、という事です。
私たちが歯で食べ物を噛み砕く時に、その振動が脳に伝わります。また歯根膜から神経を経由して神経伝達物質が脳に伝わります。それらが刺激となって脳の血流量が増加し、脳の働きが活性化されます。
歯の本数が減って歯から脳への刺激が減ってしまうと、脳は次第に委縮・退化してしまうのです。
硬い食べ物を食べなくなったりすると、歯から脳への刺激が減ってしまいます。
歯が健康な状態であれば、その範囲内で「たくわん」「おせんべい」「フランスパン」といった適度に硬いものを積極的に食べるのもお勧めです。
特に近年では柔らかいものばかり食べるようになった事もあり、現代人は歯や顎の強さが低下しています。よく噛んで食べるという事が重要だとよく言われますが、消化を助ける以外にも、脳への刺激を増やすという効果があります。
歯を抜いた(抜歯)状態では、その抜いた本数だけ、歯から脳への刺激が減ってしまいます。歯を一本無くすごとに認知症になる確率が増えていき、最終的に自分の歯がゼロになると、その確率は約2倍になります。
しかし歯を抜いて、そのまま放置しておくのではなく、インプラント治療や入れ歯をすることによって、脳に刺激が伝わる状態になれます。
健康寿命を延ばすという観点で考えますと、やはり一番適しているのは「インプラント治療」です。
インプラント治療の場合は神経伝達は絶たれていますが、骨結合(オッセオインテグレーション)をしているため、衝撃と振動が脳にしっかりと伝わります。
次は「入れ歯」と「ブリッジ治療」となる訳ですが、いずれも脳へ、ある程度の刺激が伝わりますから少し安心なのですが、両隣の歯に負担をかけてしまい、10年後に最悪両隣の歯まで抜歯してしまう事にもなりかねません。
しかし何よりも危険なことは、歯を抜いて、そのまま放置しておくことです。認知症リスクの増加、隣の歯の崩壊といった危険性は、放置した経過とともに高まります。
認知症になってしまった人は、自分で歯磨きをする事もできなくなります。
家族や介護職員が歯磨きを補助する事もありますが、本人が嫌がって、なかなか、うまくいかないケースも多いと聞きます。
認知症で歯磨きがなかなかできなくなり、口腔環境が悪化し、それがさらに認知症を悪化させてしまうという悪循環に陥ってしまう前に、早期の治療を行う必要性が高いのです。
65歳以上の高齢者のうち、認知症の人は推計15%で、2012年時点で約462万人に上ることが厚生労働省研究班(代表者 朝田隆筑波大教授)の調査で分かりました。認知症になる可能性がある軽度認知障害(MCI)の高齢者も約400万人いると推計。65歳以上の4人に1人が認知症とその“予備軍”となります。
有病率は、年代別にみると、74歳までは10%以下だが、85歳以上で40%超にものぼります。
また、世界の認知症の患者数は今後数十年で爆発的に増加し、2050年までに現在の約3倍に達する可能性があるとの報告が、国際アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Disease International、ADI)から発表されました。
ADIの報告書によると、認知症の患者数はすでに約4400万人に達しているそうで、世界の認知症患者数の約1割が日本人なのです。
認知症にならないため、認知症の進行を抑制するため、なにより健康寿命を延ばすためにも、口腔環境を正しく整える事が重要です。